宗野氏へのインタビュー

1999年10月、会員のこずか氏によって、当時のWING主要スタッフの一人である宗野氏へのインタビューが行われた。その時の録音記録をそのまま文章化し掲載したかったの だが、原因不明のトラブルによりテープレコーダーが動作しなかったため、残念ながら正確な状況は分からなくなってしまった。しかし宗野氏のご厚意により、その時の記憶 を元にした長文のレポートを送って頂けたので、以下に掲載することが出来た。この場を借りて宗野氏に感謝したい。

質問条項については今回用意したものに加え、以前武田氏に送った質問状とその解答を提示し、武田氏のコメントに追加するという形をとって頂いた。なお、武田氏の解答は 既に当ファンクラブページの各項目に反映しており、そのままの形での掲載はしていない。

作品のモデル

霊願寺のモデルは大分県国東の両子寺です。(その他はこの周辺を使っています。)豊 後大学は別府大学。風林寺は阿蘇神社。宮寺市のモデルは、大分県の一部と大分市を濃 縮した感じです。春日浦神社は宇佐の宇佐神宮。上田町は大分駅の裏手にある町。東宮 寺町は大分駅前を横路地に入った所。繁華街は都町。山平町は別府の実相寺と言うふう にモデルにしています。

白と黒の伝説・DESTRUCTIONについて

当初は、デストラクションは上・下と言うふうに2巻に分けるつもりがありませんでした …。しかし、現実は「怨霊戦記」の移植バグ問題や、その他の事で新作(収入)を出さ なければいけない状態に…。

不思議な現象

「怨霊戦記のテーマ」を作っているときにイントロからメロディ部分に入って女性のス キャットふうな悲しそうな歌声でした。たしかにあの時は二人とも驚きました(汗)。 その前に、この体験の伏線があるのです。「怨霊戦記」のゲームを制作中に一度警察が 会社にきました。「先ほど、女性の方がこのビルから投身自殺をしたのですけど…見ま したか!?」と言うふうに、その時は夏でしたので冷房を入れて窓をしめきっていたの で女性が自殺をした状況がわかりません…。全員ゾ~として気持ちで仕事をした思いが あります。仕事が終わり外の駐車場に出て見れば、武田社長の車の横には花たばが…。

後は、やっぱり作曲中に電源を切っているプリンターが突然動きだし暴走した文字を書 きだしたり…。(あまり意味がない文字で良かったです。)それと、掲示板に書いたネ コ事件など小さい変な現象がちらほらありました。それと、つい最近の話し!こずかさ んが発見した事でわかりました。尾道で、この質問にインタビューを答たときの録音で きない事件*1と、お土産にあげる音楽テープに霊の声が…。(これは、自分 も知らなかった事なので驚きました!!)

*1こずか氏によると、インタビュー中テープレコーダーは問題なく動作して いるように見えたが、再生してみると何も録音されていなかったそうだ。なお、テープ レコーダーによる録音は事前にチェックをしており、その時は問題なく動作していたら しい。

社名の由来にもなったという「WING」という名前の未発表のシューティングゲームについて

たしか・横スクロールタイプのミッションクリアー方式で、作っているところを見た事 があります。(試作ヴァージョン、その後ボツに…)

百鬼編マニュアルの絵を描いた人

パソコンショップRAMの頃、まだ大塚氏はその店の常連さんでした。(喫茶WING時代から の常連さん)その時にバイク&ゲーム仲間の戸高氏(通称弟子)です。戸高氏の好き なアニメはマクロスです。ちなみに、その時の大塚氏は師匠と呼ばれていました。

アスカ編の曲

「白と黒の伝説」シリーズ全般&「魔界復活」の音楽テープと、その他販売用の音楽 テープは、自社生産でした。(ゲームソフト界のインディーズ!!) 多分、武田氏の答 えたとおりです。テレコを10台近く並べてよくダビングをしました。「アスカ編」あた りで、かなりガタがきていたテレコが何台かありました。

荒吐神の姿

この答は、掲示板に書いた通りです。武田氏の言うとおり、クライマックスに土偶が出 てコケタ人が…(笑)奥さん(原画)も、88版の時に荒吐神は大魔神みたいでイメージ がくずれると言っていました。もっと、設定に忠実ではなく霊的(エネルギー)に演出 すればよかったと、私も後で後悔しました。

PC-Engine版真怨霊戦記の曲

エンディングの曲「怨霊戦記のテーマ」だけ、88版が終わったときに宗野&武田の2 人で作りました。

MIRRORSの写真の許可

ミラーズの設定

映画で言うと「エンジェル・ハート」や「ダーク・ハーフ」に影響うけました。エレノ ・ヴィジョンは、エレクトリック十エスノ+ヴィジョン

モデル

音楽のイメージコンセプトは、もしも、デペッシュ・モードがホラー映画のサントラを 作ったら、こうなるなではないかな? それで、ストーリーは、まさしく「ブラックセレ ブレーション」。

各ゲームの反響

WINGのゲーム全般的に、業界受けをしていました。特に「怨霊戦記」は根強いファンが 多かったです。(アンケートハガキも一番多かった。)面白い話しをひとつ!ソフト会 社T&Eさんのグラフィック担当の人から、よく手紙がきました。その中で、自分が考 えた企画(ストーリーやキャラクター)をWINGで作りませんか? という手紙もあり、け っこうWING信者の一人です。(笑)あと、廃刊「ポプコム」の編集長が仕事ぬきに遊び にくる事もよくありました。

松原さんと宗野さん

私がWINGに入社する前から結婚していました。「魔界復活」の時は、ボランティアでア クションシーンとその他のラフ原画。「波動の標的」は、パッケージイラスト。「怨霊 戦記」キャラクター全般、手書きシーン背景、パッケージ&説明書のデザイン。「テ ストラクション」は、パッケージイラスト。「真怨霊獣配」キャラクター全般、手書き シーン背景、パッケージイラスト。

他社との交流

リバーヒルソフト(福岡)の宮崎さん。当時は、グラフィック&音楽担当でした。小 倉のジョイント・ライブで交流を持ちました。大阪のソフトハウス(ハミングバード) の営業をしている方(名前は忘れた!*2)。富士通の東京ドームのイベント で知り合いました。「波動の標的」のファンみたいです。

一度、WINGがNHKの特番30分番組にでました。NHK福岡の特集で、「九州のソフトハウス 」を取り上げた番組です。WINGに2日ぐらい取材にきて、テレビに出たのが5分もないく らいで、さらに、その番組のメインは地元福岡のリバーヒルソフトをヨイショした内容 で、その比較として田舎のソフト会社のイメージとしてWINGを選んだみたいです。(番 組じたい、かなりヤラセが入っていました。)一応、テクノソフト(現アルシス*3 )、キャリー・ラボ(NHKの取材時には無くなっていたので、元社長さんの話し)、 システムソフトもでました。放映された番組を見て、WING一同「もうNHKは信じられん! …あの2日間は一体なんだったんだろうか?…」と言う気持ちでした。特に武田社長は 「もう、ぜったいNHKは見らん!!」と怒っていました。(みんな、ビデオに録画しまし たが、恥じなので消してしまいました。)そう言う事なので、武田親子はこの話題につ いて話す事がないと思います。もしかしたら、もう忘れているかも知れません?(笑)

*2ハイパー河内氏。

*3アルシスは現在「サイバーヘッド」に社名を変更している。

ボツ企画特集

みなさんも、知っていると思いますけど…。

怨霊戦記の呪文

呪文に関しては、武田氏の答え(中近東の呪文?)は参考にしていません。一応、ヒン ドゥー教(法力返し)、真言密教(仏寺系呪文)、神道(神社系呪文)をそのまま使用 した呪文と、それを参考にWING流に創作しました。

武田社長は、どう思っているか知りませんが…?。もしも?今現在自分が「怨霊戦記2」 を作るとしたら「怨霊戦記」ラストシーンから、8~10年後(現代)の宮寺市を舞台にし て…. 北原は、依姫と結婚して「荒吐神社」の官司になり、養子婿の立場ですけど子供 が2人います。(もしかしたら、キーポイントになる男の子&女の子の双子がも…?) 今回の主人公は、北原が今抱えている大きな問題(宮寺市の危機?)を解決できる人物 (通称拝み屋でかなり霊力が強い)をインターネットで見つけ…宮寺市にやってくる。 その頃、桜木はある人物(?)を助けるために北原のもとへ…。と言う事で、北原と依 姫は結婚するストーリーを勝手に作ってしまいました。(笑)武田社長すみませ~ん! (汗)

主人公の性格

「怨霊戦記」「ミラーズ」を除いて、その他の全部の作品は武田社長のイメージのみで 出来たストーリーです。細かい所は、武田社長しかわからないので、あくまでも、ゲー ム制作にかかわった者として客間的な意見を書きます。

もしかしたら、作者の性格と思いが出ているのかも知れません。特に、「白と黒の伝説 」シリーズは主人公より、「百鬼」のほうが作者の思い入れがあるみたいです。「魔界 復活」に関して、神城=昌治、増永=社長の性格ににています。(本人達は、どう思っ ているか知りませんが…けっこう当たっているかも!)

「怨霊戦記」に関して、つぐはさんの読み通り意識して主人公の性格をクールな感じに 作りました。(本当は、もっと空気のような存在感にしたがった。)その発展的と言う か、パラレル的な部分で「ミラーズ」の主人公が出来あがってしまったのです。

小説とマンガ

小説「総門谷」は、けっこうハマって読みましたよ。あと、荒俣さんの「帝都物語」 (怨霊戦記はこの作品に影響うけました。)

「妖怪ハンター」の中で好きなエピソードは、みんな面白いんだけど…特にと言うと、 ヒルコの話し*4とか、東北のキリストの話し*5かな。諸星さん のマンガで他の作品で影響を受けたのは、「暗黒神話」「孔子暗黒伝」です。

*4『黒い探求者』

*5『生命の木』

武田親子と関わった人達に関して…(始まりと終わり…そして、その後)

大塚氏の場合(スタッフ1号)

武田親子が、パソコンショップRAM(略RAM)の店を始める前(喫茶「WING」時代)から の常連さん。「RAM」の時代の愛機(パソコン)は、MSXとX1(後にX1ターボ)でした。 その当時、みんなから師匠(通称)と呼ばれるくらいゲームに関して通な人物であった。 (自分も、大塚氏の「甘い罵」によりゲームの虜に…)。その為、趣味を生かして武田 親子が作ったテープ版のゲームのモニターをやっていました。ちなみに、「白と黒の伝 説」シリーズや「日曜目は宇宙人が…」のパッケージイラストを画いた渡辺氏と、「百 鬼編」の説明書のイラストを画いた戸高氏と、大塚氏はバイク&アニメ仲間でもある。 (「百鬼編」の大塚編集長の、モデルにもなる。)

「輪廻転生編」発売された頃、武田親子が新光ビルに「ソフトスタジオWING」と言う会 社を創立と共に、大塚氏は常連からスタッフと変わる。

・関わった作品

※主に、X1ターボ(シャープ)の移植担当

武田社長の独断場、大塚氏裏方時代!!
日曜日に宇宙人が…幻の88版!グラフィック
デバッグ
白と黒の伝説・アスカ編MSX版企画サブアドハイザー
デバッグ
大塚氏覚醒時代!!
魔界復活88版グラフィック
特殊効果(アニメシーンやパレット効果)
デバッグ
X1ターボ版移植
こだわりの大塚氏活躍時代!!そして、突然の別れ…!!
波動の標的88版グラフィック
特殊効果
デバッグ
怨霊戦記88版コンピューターモードを制作中、体調を壊し退社する。

一説によると、「波動の標的」の移植版を作らせてくれないため、精神的にダメージを うけたか…又は、仕事以外にゲームのし過ぎで身体を壊したか…それとも、「怨霊戦記 」の怨霊パワーに負けたのか…定かではない。

現在の大塚氏は、作るより遊ぶ側でゲーム三昧な人生をエンジョイしています。(仕事 は何しているか謎ですが、たまにゲーム(PS)の事で会いますよ。)

・エピソード1

仕事が遅くまでかかる時は、みんなで夜食(インスタントラーメンうまかちゃん)を自 分たちで作って食べます。その時に、大塚氏だけはマイ鍋(そのまま器になる、土鍋風 のアルミ鍋)を使って、必ず麺とスープと生玉子を一個だけ入れて食べています。…こ だわる大塚氏のラーメンの食べ方でした。

・エピソード2

「波動の標的」のアニメ&パレットシーンや、女性のグラフィック(特に裸体シーン) は、大塚氏がかなりこだわって時間をかけて制作していました。

・エピソード3

一時期、土曜目の夜は仕事が終わって大塚氏と私(宗野)は、会社に残って日曜の昼ま で徹夜でゲームをして遊んでいました。その当時よくしたゲームは、「三国志」「ウィ ザードリー」シリーズ、「マカカーラ」、「抜忍伝説」、「ソーサリアン」などです。 ある時、日曜の夕方まで遊んでいると武田親子が会社にきました。その時に、私達2人に 会社で遊ぶ事禁じる「ゲーム禁止令」が出ました。(笑)大塚氏について思い出したこ とを書きましたが、今だにゲームの遊び仲間として関係しています。今だに、プライベ ートな事は謎ですけど、多趣味でいてこだわり続ける精神、そして仕事より趣味な人生 !!そんな大塚氏を見てあらためて師匠と呼びたい!!

宗野氏の場合(スタッフ2号)(自分の事を書くって、何か変な気持ちです。)(笑)

武田親子との出逢いを話す前に、北原氏の話しをします。北原氏とは、私が高校1年の時 に出逢いました。中学の時から、オカルト仲間だった鈴木氏の紹介で友達となる。(こ の時から、私の人生に大きく関わる変な腐れ縁仲間です。)それから、音楽、精神世界、 人生(一度、北原氏が東京に住んでいるころ半年くらいお世話になった事があります。)、 仕事などでお互いに影響受けた仲間です。当時、私はメガネ屋(正視堂)に、北原氏は 写植屋(エイト)に勤めている頃でした。…そんな2人に、これから起きようとする数奇 な運命の出逢いがありました。(大げさな書きかたになってきたな~。)(汗)

私が、別府の喫茶店のマスターから「大分市のトキハ(デパート)の裏に、UFOやオカル ト好きな主人がいる面白いラーメン屋があるよ。」と言う話しを聞いて、次の日私と北 原氏は早速と、ラーメン屋(宝来軒)に行きました。

ラーメン屋の主人の名前は、山平氏という方でした。ラーメンも美味しく、オカルト好 きの、ラジコン、音楽からパソコンまで多趣味な性格を持った人でした。そのうち、音 楽(山平氏は、アナログシンセを持っていて富田勲*6、YMO、ジャン・ミッ シェル・ジャールが好きで、音楽の好みもあいました。)の話しから、パソコン(シャ ープのパソコンで、名前忘れた。X1の前でクリーンパソコンと言っていた*7。 汗)の話しになって、知り合いで面白い親子がいると言って武田親子の話しが出ました。 (山平氏は喫茶「WING」時代の前の、模型屋時代からの常連さんでした。)

山平氏の話しの中で、息子の昌治氏が作曲にパソコンを使うと言う事が興味をそそりま した。(当時、2人共パソコンに興味があったが、持ってなくて…。)

そんな事で次の日、2人は山平氏の紹介で武田親子の経営する「RAM」の店にいきました。

なんと!、私が働いているメガネ屋からすぐそばに「RAM」の店がありました。いつも昼 休みは、その前を通っていたけどぜんぜん気づかなかったです。

武田親子の第一印象は、人のいい気さくな感じのする親子だな~と思いました。

私達2人は昌治氏が、音楽の語しからパソコンの語し…それから、ゲームを作っている話 しになった時に「今、新しいゲームを作っているけど見る?…でも、バックに音楽は鳴 らないよ…これが親父が作っている白と黒の伝説・百鬼編…」と言う間もなくニコニコ しながらMSXの電源を入れました。私達2人共、オープニングのシーンを見て衝撃を受け ました!!今までゲームで遊んだと言えば、喫茶店でインベーダーやゼビウスぐらいし かなかったので映画のようにストーリーがあるアドベンチャーゲームが新鮮でした。

その時、昌治氏が「そうだ!このゲームの場面にあった音楽を作ってほしい…」と言っ た一言が、私の人生の転機になるとは思ってもいませんでした。(後に、私が「WING」 のスタッフになる前兆とは…。)

武田規子が「RAM」から「WING」に変わったころ、私は今の仕事を辞める決心がつきまし た。9月ごろまで、メガネ屋が忙しいので10月1目付けで「WING」のスタッフとなる。

*6山平氏本人によると、別に富田勲のファンではないらしい。

*7正しくは「クリーンコンピューターシステム」。この文章では恐らくMZ系のマシンを 指していると思われるが、実際にはX1もクリーンコンピューターシステムである。

関わった作品

実験音楽の宗野氏ボランティア時代!!
白と黒の伝説・百鬼編MSX版音楽
白と黒の伝説・輪廻転生編MSX版音楽
新米の宗野氏裏方時代!!
日曜目に宇宙人が…MSX版デバッグ
白と黒の伝説・アスカ編MSX版音楽
デバッグ
スプーン曲げの宗野氏武田社長の片腕時代!!
魔界復活88版企画
シナリオアドバイザー
音楽テープ
デバッグ
魔界復活MSX2版デバッグ
波動の標的MSX2版音楽&効果音
デバッグ
オカルト研究家の宗野氏本領発揮時代!!
怨霊戦記88版企画・設定
シナリオアドバイザー
音楽&効果音
グラフィック
デバッグ
怨霊戦記MSX2版音楽&効果音
グラフィック
デバッグ
デストラクション
(上・下)
88版企画
超能力アドバイザー
音楽&効果音
グラフィック
デバッグ
魔宮殿
(アクションバズルゲーム)
MSX2版企画アドバイザー
パズルマップ
デバッグ
初監督の宗野氏新たなチャレンジ…突然の別れ時代!!
ミラーズ88版
(CD-ROM)
企画・設定
演出
シナリオアドハイザー
音楽&効果音
デバッグ

一説によると、宗野氏は「怨霊戦記」88版にかけた情熱が、移植をするごとに無くなり 精魂尽き果ててしまったのか、それとも「ミラーズ」のゲームを作るごとに主人公のよ うに悪夢にうなされて、それから逃れたかったのか定かでない…。

スタッフを辞めてから、武田親子が大分(別府)で制作してい時まで、昔のように遊び がてら「WING」に顔をだしていました。そして、「真怨霊戦記」PCエンジン版&WIN 版は、奥さん(洋子)が新たにグラフィックを画き直しました。(ゲームに使用されて いない、原画が多かったみたいです。)

それから、現在は大塚氏と同様にゲームで遊ぶ人生に浸っています…。

エピソード1

いろいろなエピソードがあるで私の記憶に鮮烈に残っている話しです。

「WING」と言えば「スプーン曲げ」の話し。一時期、ゲーム雑誌の取材は本文そっちの けで、スプーン曲げの話しか、心霊の話しを取材する事が多かったです。たしかにその 時期は、スタッフ(大塚氏を除く)全員十北原氏が意とも簡単にスプーンを曲げてしま う不思議な空気が満ちている「WING」でした。ある時、地元の新聞杜の記者がスプーン を曲げるところを見たくてスプーン持参で遊びに来ました。そのスプーン(超硬い)を 私が曲げた時に、金粉の汗が出ました。その光景を記者が見て驚いた話しがありました。 (家の奥さんは、私に「スプーン曲げ」禁止令を出しています。家にあるスプーンが、 使えなくなるので…)(笑)

エピソード2

「魔界復活」の企画が出来るまでの話しをします。「白と黒の伝説」(アスカ編)が出 荷した頃、MSXのテープのゲームが落ち目の頃でした。武田親子が「そろそろ、新しい機 種(88版)のゲーム作る事を考えないと…」と言っていました。次の日、武田社長と私 は、新しいゲームの企画と気分転換も兼ねて国東半島(両子寺)に行く事になりました。 別府を通り、大分空港~両子寺というコースで2人は目的地につきました。両子寺を見学 した時、私達2人は異様な空気を感じました。それから、両子寺付近で何枚か写真を撮っ て…両子寺の異様な体験のせいか知りませんが、大分に車で帰る道中で、2人共異常に興 奮しながら帰った記憶があります。と言う訳で、短期間の間に「魔界復活」の大まかな 設定とストーリーが出来あがり、有意義な国東2人旅でした。(ゲームの中での、車で移 動するシーンはここからきています。)

エピソード3

「怨霊戦記」88版が、何で何種類もキツイプロテクトがあったのか?(そのお陰で本物 ソフトもプロテクトに引っかかる事が多かったとは…。)

その伏線は「魔界復活」88版からあったのです。みなさんもご承知のように「魔界復活 」は、ノンプロテクトみたいなプロテクトでした*8。当時、竹町商店街にア ルファテックと言うパソコン店がありました。(大分で唯一のパソコンソフトレンタル 店です。)「WING」は、その店の中でハード&ゲームソフトに関して情報通の姫野氏 (「怨霊戦記」の幽界研究所のモデル)と知り合いで、色々と裏の情報(「京都メディ ア」コピーツール&ファイラーを作っている会社の事…)や、そのソフトを資料とし て提供してくれました。

その姫野氏が「魔界復活」が出荷した翌日に、そのゲームのファイラーを持ってきまし た。昌治氏が、そのファイラーのプログラムに書かれているプログラマーのコメントを 見て「WING」を馬鹿にしている内容で怒りだしたのが発端です。

「波動の標的」88版は、今もあるか知りませんがイーディ・コントライブ*9(大阪の会社 でソフトをコピー制作する会社)に、高い金を出してプロテクト入りを頼みました。し かし、出荷して数日後京都メディアに意とも簡単にはずされたのです。

それから、「怨霊戦記」の制作中に、姫野氏の紹介で糸永氏が遊びにくるようのなりま レた。後に、正式なスタッフでは無いけど大塚氏以上に「WING」で活躍する天才プログ ラマーです。(「波動の標的」FM7版は1ヶ月で移植した凄腕です。その後「怨霊戦記」 もFM7版を移植しました。)糸永氏は、持病があったので、自宅でプログラムする事が多 かったみたいです。(アウトロー的なとこがあります。)ちょっと、話しがそれてきた ので話しを戻しますと…。糸永氏の友達(名前忘れた…汗)大分医科大生(プロテクト を外すのが趣味!!)FM7派のプログラマーが「WING」に遊びにくるようになりました。 その時に、その人がハッカーの血が騒いだのか「打倒!京都メディア」(笑)と言うプ ロテクトツールを開発し「怨霊戦記」に使用したのです。そんな理由で、何種類ものプ ロテクトがあり、最後は昌治氏も解らなくなるほどです…。

*8CRCエラー

*9イーディーコントライブは、現在もソフトウェアのデュプリと流通をやっている。当時、ここのプロテクトはワンパターンだったので、京都メディアにはすぐに外されていたらしい(Y.Kusaka氏)。

(おまけ)

ゲームの中で、鳴神が北原に「…コピーはいけない…コピーをしたら…」と言う台詞の 中で「怨量退散護符」を「ゲームソフト」に置き換えると…「WING」がユーザーにあて たメッセージです。(笑)

正式なスタッフではないが、「WING」にとって重要な人々編

北原氏の場合

武田親子との出逢いは、前の「宗野氏の場合」で書きましたので省略します。

北原氏の勤めていたエイト写植の会社は、「WING」の裏にあるお寺の敷地の一角にあり ます。その為、北原氏の仕事が暇の時は、昼休みになるとよく「WING」に遊びにきまし た。

北原氏の音楽の趣味は、プログレ(プログレッシブ・ロック)のシンフォニック系の音 楽が好きです。(YES・EL&P・ヴァンゲリスや、和・洋問わずポップス系もOK!)そ の為、「WING」の音楽メンバーの中で、昌治氏に続いて「メロディアス系」担当です。

北原氏は、本業がデザインの仕事をしているので「WING」の説明書の写植やロゴなどを 作成してくれました。(北原氏は・YESのジャケットを手がけているイラストレーター 「ロジャー・ディーン」が好きなので、コウモリの羽風のロゴは多分影響受けているか も…?)

・関わった作品

白と黒の伝説・百鬼編MSX版音楽
白と黒の伝説・輪廻転生編MSX版音楽
白と黒の伝説・アスカ編MSX版音楽
魔界復活88版
X1版
MSX2版
デザイン
波動の標的88版
FM77版
MSX2版
デザイン
音楽
怨霊戦記88版
FM77版
MSX2版
デザイン
デストラクション
(上・下)
88版デザイン
魔宮殿MSX2版デバッグ
モニター
ミラーズ88版
FMタウンズ版
企画
オリジナル脚本
作詞

と言うわけで、「WING」の作品になんらか関わっている北原氏であった。(「怨霊戦記 」は、みなさんもご存知の主役のモデルにもなりました…)

現在の北原氏は、エイト写植を辞めて独立し、デザイン事務所の社長としてがんばって います。

エピソード

「魔宮殿」の難易度が上がってしまった原因は、北原氏がモニターをしたことです。私 と武田社長がパズルマップを作ったテスト版を、北原氏が意とも簡単にパズルを解いて しまうので、2人共北原氏を負かそうと意地になって作ってしまった結果…後のまつりで した。(笑)

糸永氏の易合

武田親子との出逢いは、「宗野氏の場合」で書いていますので省略。糸永氏のプログラ ムのセンスと早さは、武田親子を捻らせるほどの存在でした。糸永氏と昌治氏は、お互 いに刺激しあった良きライバルという感じです。それと、グラフィックも出来てアクシ ョンゲームも得意でした。余談ですけど、アニメ系の美少女のグラフィックを集める趣 味がありました。

関わった作品

波動の標的FM-77版移植
怨霊戦記88版グラフィック
(ツール&プロテクト関係のプログラム開発)
怨霊戦記FM-77版移植
(※おまけグラフィックが入っていた記憶があります。)

エピソード

富士通フェアーの時は、昌治氏、宗野氏、糸永氏の3人で行きました。(社長1人と日の 丸猫1匹でお留守番していました。)3人はフェアーそっちのけで、趣味の秋葉原や神田 の本屋街、新宿の輸入盤と言う感じで、仕事そっちのけで遊びに行った3日間でした。 (笑)その時の宿泊先は火浦宅なので、糸永氏はほとんどミーバー状態で喜んでいまし た。(火浦氏は、書斎に入って小説を書いているのかと思ったら…「三国志」をしてい たのです…うわさ通りの人でした。)(笑)

現在は、大分(東芝)の社員になってプログラマーしています。(けっこう、忙しいみ たいです。)余談ですけど、大分(東芝)はソニー(PS2)のCPUを作っているところで す。

浅川氏の場合

浅川氏は、プロのマンガ家古山もとお氏(大分の同人誌「コミックライフ」出身で、代 表作「おざなりダンジョン」「アバタもエクボ」など)の友達で、当時、古山氏が大分 でマンガを書いている頃のアシスタントをしていました。

「波動の標的」の原画は、最初古山氏に画いてもらおうと思いましたが、ストーリーを 読んで自分の絵柄があわないのと本業のほうが忙しい事で、浅川氏を紹介してくれまし た。(原画の出来は、最初のうちは良かったんだけど?…けっこう、絵にムラがありま した。まあ、最後まで書いてくれた事で丸としましょう。)(笑)

関わった作品

波動の標的88版
FM77版
MSX2版
原画

現在は、何をしているか知りません。(何年か前は、東京でアシスタントをしていると 言う噂を聞きましたけど…*10。)

*10後に分かったことだが、偶然にも浅川氏は会員の邪琅氏の友人で、現在は 漫画家をされているそうだ。

姫野氏の場合

「WING」との出逢いは、たしか…「白と黒の伝説」(アスカ編)を作っているかな?姫 野氏が、パソコン雑誌で大分にゲームソフトの会社がある事を知って遊びに来ました。 その当時は、ビジネス関係のプログラマーをしていました。当時・ゲームが大好きで、 今の仕事を辞めたいと言っていました。1ヶ月もしないうちに会社を辞めて、「アルファ テック」にトラバーユしました。

そのお陰で、その店で積極的に「WING」のソフトを販売してくれました。それと、後に 「WING」の作品を手伝ってくれる勇者達を導いてくれる「WING」広報&人事の役目を してくれました。(ユーザー的立場で、ゲームを批評してくれるからアドバイス参考に なりました。)

(おまけ)
今、思い出したことがあります!。糸永氏の友人の医科大生の名前は、 「波動の標的」の協力に出ている平田氏でした。

関わった作品

「魔界復活」以降のソフト(88シリーズ)をモニター&デバッグ
「波動の標的」88 版ツール関係のプログラム

エピソード(隠れキャラ?の話し…)

「怨霊戦記」の夜のシーン(場所は忘れた?)で姫野氏の顔(本人)が心霊写真のよう に現れます*11。本人は嫌がってましたけど、本心は気に入ってるみたいで す。(笑)現在、2~3年前に「アルファテック」は閉店になって姫野氏は何をしている かわかりません。

*11恐らくだが、ゲーム中盤、夜の上田町で画面に貼りついたようになって消えない霊の ことだろう。

篠田氏&佐保氏の場合

「WING」との出逢いは、「テストラクション」(上)が発売した頃「アルファテック」 の常連さんの篠田氏が姫野氏の紹介で友達の佐保氏と一緒に「WING」に遊びにきました。

その頃・篠田氏は東芝で働いていました。音楽が好きで(キーボード)会社仲間とバン ドを組んでいた。主に、TMネットワークのコピーをしていたそうです。

佐保氏は学生(専門学校)で音楽好きで、CGを画くのが好きでした。好きな音楽は、主 に坂本龍一など後に「WING」の影響で「デペッシュ・モード」が好きになりました。

「デストラクション」(下)を制作中によく5人(私・北原氏・昌治氏・篠田氏・佐保 氏)で冗談話しをしている中で、「ミラーズ」の原型が出来あがりました。武田社長に OKをもらい、「ミラーズ」の制作にはいる。

関わった作品

ミラーズ88版
FMタウンズ版
佐保氏:原画&グラフィック(絵コンテ作成)
篠田氏:アニメーション

※エリックサティ原曲(ジムノベテイ)のハウスバージョンの打ち込みは佐保氏がしま した。

現在は、2人共何をしているか知りません。

エピソード

当時、ディペッシュ・モードの福岡コンサート(ヴァイオレーター・ツアー)に5人で行 く予定にしていたのが、私だけ仕事(WINGを辞めて他の仕事をしていた)が忙しくて行 けませんでした。(悔しかった…!)その代わり昌治氏が、カセットに隠し録音してく れました。(その時のテープはまだありますよ)

…と言う事で、「WING」に関わった人達の事を思いだした事を書きました。多分、抜け ている人たちもたくさんあるかも知れませんが、また思いだしたら続きをかきます。支 離滅裂な文章のところは、ご了承ください。

(合 掌)

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